GIDと交流する時、大切にしてほしい考え方

こんにちは、浅木です。
GIDとして生活していると、
「GIDの人が身近にいるけど、どう接したらいいかわからない」
と相談を受けることがあります。

そこで今回は、GID当事者と接する上で
大切な考え方をひとつご紹介します。

結局はその人自身を見ることが大事

はじめに結論からお伝えします。
普通の人とコミュニケーションを取る時と一緒です。
結局、自分が目の前で相対している
ただ1人にどう向き合うか。
問題となるのはそのポイントだけです。

性同一性障害であるということ以外の
その人自身、その人全体によくよく向き合って、
その上で気を遣う時には遣うこと。
これが大切です。

むしろ、ここを分かっていただけているなら
この記事は読み飛ばしていただいてもいいくらいです笑

GIDの当事者と接する際の気遣いというのは
人混みが苦手な人と遊びに行く時には
街中が混み合う時間を避けるとか、
暑がりの人と街を歩くなら
なるべく日陰を一緒に歩くとか
そういった気遣いと、本質は何も変わりません。

おおざっぱな傾向はもちろんありますが
GIDだからこういう時は必ず〇〇する、といった
全員に対して正解を導ける公式も存在しません。
多くのGIDがされて嬉しいと感じることでも、
その人にとっては嫌かもしれない、ということです。

つまり、どんな時でもそうですが
ある特定の相手と仲良くなりたいと思って
コミュニケーションをとろうとするのなら
手抜きしちゃダメですよってことです。
どんな時でも、その人自身をよく観察して
丁寧に向き合うことが何より大切です。

GIDは単なる構成要素

「GIDである」と聞くと、どうしても
性同一性障害という印象が強くなってしまい
その人の性別に関する面だけを見てしまいがちです。

ですが、GIDである、ということは
その人を構成する一要素でしかありません。
単なる要素でしかない一面を取り出して
その点ばかりに着目するのは、
コミュニケーションの形としてすこし歪です。

同じような理由で、
僕自身は自己紹介の際に
わざわざ「性同一性障害なんですよ〜」とは言いません。
社会生活を男性として送っていて、
周囲にも男性として扱われているので
自分の障害について相手に示す必要がないからです。

それに、ファーストコンタクトで
「性同一性障害なんです」と言ってしまうと
大抵の人はびっくりしてしまって、僕の印象は
「性同一性障害の人だ!!!」だけになるんです笑

それってコミュニケーションする上で、
基本的にはとっても不便なんですよね。

他にも、ゲームが好きとか、演劇が好きとか
伝えられる情報はいくらでもあるし
僕を構成する要素も、GID以外にたくさんあります。
GID当事者と接する際は、ぜひそういったGID以外の要素も
よく見て接するようにしてくださいね。

言われて嬉しい、不愉快なことは人それぞれ

いや知ってるよ! って方もいらっしゃるかと思いますが、
本当に大切なことなので主張させてください。

たとえば、僕は性自認が男性なので
「浅木くん」と呼ばれたり、
「男前だね!」と褒められるのを嬉しいと感じます。

ですが、同じGIDの方でも性自認が「無性」の場合、
性別という枠に当てはめられること自体が苦痛」な方がいるんです。
(※もちろん全員が全員そうというわけではないです)

そうなると、「名前に君付け」を嫌だと感じたり
「男前だね!」と言われるのも、
「男」という枠に自分が当てはめられていると感じて
苦しんでしまう場合があるのです。

それから、僕個人は「かわいそう」と言われることが
本当に苦手です。
苦労してきたんだね、大変だったねと同情されるのも、
大抵の場合は苦痛に感じています。

また、GID同士交流を深めるコミュニティなどには
あえて参加しません。
理由は別の機会にお話ししますが、
そういった形での交流が大の苦手だからです。

ですが、「大変だったことを認めてほしい」
「つらい気持ちを理解されると嬉しい」
「障害を認めて特別に扱ってほしい」と思う
GIDの方もたくさんいらっしゃいますし
「GID同士で交流して情報を交換したい」と
コミュニティに参加する人も非常に多くいらっしゃいます。
本当に人それぞれなんです。

まとめ

GID当事者と接するときには、
GIDであるという側面以外の要素もしっかり見て
個人として誠実に向き合うこと。
「こうしておけば間違いない」という公式は
存在しないので、思い込みを捨てて
目の前の相手をよく見ること。

大切なのはそれだけです。

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